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2015年11月24日火曜日

フランスでわかったこと

夏休みを利用し、フランスの語学学校へ行ってきた。ヨーロッパ各国や、9月から仏の大学へ通う中国人、パティスリーを目指す韓国人とともに勉強してきた。思ったこと、感じた事、(研究にあまり関係してないことばかり)徒然に。

<一番よかったこと>
ご飯は何を食べても美味しい。味付けはオリーブオイルと塩コショウだけでも十分。素材がうまい。フランスパンは安いのにうまい!(値段は国で決められた基準がるそうだ。お金のない家庭でも、飢えに苦しむことのないように)

<一番戸惑ったこと>
挨拶。知らない人でもエレベーターやバス、時に歩いていても知っている人かのように自然と話しかけられる。そしてキスの嵐。おかえりなさいのキス。おやすみなさいのキス。投げキスも頻繁だ。そして男女関係なくウインクされる。ドキドキがとまらない。

<フランスの小学校教育>(現地の小学校教諭談)
・ミニ黒板は必需品(彼女はユニバーサルなものだと思っていたようで、日本にないことに大変驚いていた)

・教科書は先生の裁量で決める。

・1クラス25人くらい

・教科書、文房具は本屋でそれぞれ購入

・自治体から与えられた金額で準備はするが、保護者から集金して学校で買うことはあまりない。(自治体によるかもしれない)

・バカンス多い7週間授業⇒2週間バカンス

・評価は学習内容がメイン

・モンスターペアレンツは名前こそ違え、この国でも先生を困らせているようだ

セネガルに共通していること多々ある(ミニ黒板、集金なし、バカンスの多さなど)。フランスの教育を探れば、もっとセネガルの教育がわかるだろうと思った。

おまけとして世界の教育事情(語学学校の生徒談)
・道徳、宗教、政治の授業があるところが多い。

・道徳と政治で「市民」という授業がある国もある。
日本はあえて政治を教えないと聞いたこともある。国民の政治への関心を減らし、政治家の思うようにしやすくするためだとの意見もある。実際、いろんな国の人に日本の政治について聞かれた。また、原発問題、歴史についても。もっと勉強したい。

 <海外からみた日本>
語学学校の授業の中で、それぞれの国の偏見について話した。日本人と聞いて、まずみんなが声をそろえていったのは、「礼儀正しさ」。ある生徒曰く、「中国人と日本人と韓国人を見分けるのに、一番役立つのは、礼儀正しかったら日本人であるということ」らしい。また、他の偏見について「すぐに謝る」「首をすぐにたてにふる」「ほめるとNONと言う」「下を見て歩く」「幸せそうじゃない」とまで言われてしまった。

また、災害についての授業では、日本を「un pays catastrophique(大惨事の国)」と言われてしまったのは言うまでもない。

<フランスで働くアフリカン>
自分のホームステイ先の近くにアフリカ人らしき人を発見。声をかけるとまさかのセネガル人。さっそく家まで訪問させてもらい、アフリカンコミュニティが市内にあると聞く。行ってみる。アフリカの様々な国、特にフランス語圏の国から来ている人たちが、大きな建物を借りて共同生活し、1階をレストランとして一般に公開していた。料理一人前2€。破格である。通う。もちろんセネガル人もおり、どうやって仕事を見つけたのか聞く。セネガルの同じコミュニティの人に紹介してもらったとのこと。彼らはだれもがセネガルに戻りたがっていた。セネガルにいる人々はヨーロッパへの出稼ぎは成功者としてかなり羨望の眼差しでみている。特にそのなかでもフランスはかなり上のランクにあるそうだ。しかし、ここに住む人々の多くは家族を残してきており、みな帰りたいと言う。

帰途の中で、バスを待っていたアフリカンの一人の老人がバッグから手紙をたくさん出した。家に届いた手紙だろう。隣で煙草をふかしながら騒いでいる若者グループに、手紙を訳してくれとお願いしていた。タトゥーやピアスをたくさんつけている彼らは、最後までしっかりと訳し、その手紙をどうしたらよいかまで教えていた。

<終わりに>
滞在中はいくつかの家庭にお邪魔させてもらった。彼らは言った。

「フランス人は地域で子どもを育てている。だから、他の子も叱るし、知らない人でも挨拶するし、子どもも困っていたら人を助けるのは家族を助けるのと同じくらい当たり前だと思っている。」

すべての人が同じ意識かはわからない。だが、これが本当なら、私がみてきたいろいろなものへの説明がつく。
セネガル人は帰りたがっている。しかし、フランスも十分にいい国だ。

私は日本に帰りたいとは思わなかったけれど。(研究進んでないからだけれど)


アフリカンコミュニティの食堂にて。ここはもうほぼセネガルであった。
料理のにおいと陽気な人々、そしてこのフィットするちびっこ。

至福の時であった。



フランス人の8歳の少年。彼の家族と一緒に海へ行った際、浜辺にハートを描き、
C’est mon coeur pour toi!(これは君への僕の気持ち)

人生初の体験に本気で惚れてしまうかと思った。

(以上の文章を書いたのはあのテロが起きる一日前であった。内容を変えずにそのまま載せることにした。フランスで知り合った友人から苦痛のメールが届く日々である。それを読み、フランスだけでなくシリアやイラク、他多くの紛争の中を生きる人々にも思いを馳せる。フランスに、世界中にどうか平和が訪れますように。)

 

2015年7月3日金曜日

平成27年度新入生の自己紹介

 大変遅くなりましたが,今年度入学した3名の新M1の方々からの自己紹介となります。それぞれ髙木梓さん,堀内悠里さん,そしてNofiさんのAll Girlsということで,男性陣は楽しい生活を送らさせて頂いている次第です。それでは早速自己紹介に参りましょう。

[ 髙木梓さん]
こんにちは。
この4月にIDECに入学しました,M1の高木梓と申します。
毎日が新しいものとの出会いにあふれていた4月,てんやわんやした5月とすでに入学から2ヶ月が経とうとしています。
研究室のみなさんのおかげで,充実した日々を過ごすことが出来ています。

私は学部では特別支援教育を専攻していたこともあり,
*算数数学に困難を示す子どもたちの思考やその困難に対する指導法について
*アフリカの子どもたちの基礎学力向上のためになにかできないか
という課題意識を持ち始めました。

現在は,これまでの先輩方の研究をもとに,「数概念形成,数操作,メンタルモデル」をキーワードにして,子どもたちの側に立って研究を行っています。
また,同時にザンビアプログラム参加に向けて試験対策等も行っています。

日々の授業に,ザンプロ対策,研究,そしてなによりも英語・・・

課題はたくさんありますが,IDECという素敵な環境にどっぷり浸かりながら精進していきたいと思います。
よろしくお願いします。

 [ Nofiさん]

My name is Nur Robiah Nofikusumawati Peni (Nofi) from Indonesia. It is my first experience have a chance to study abroad. I live in a rural area in Indonesia, and originally from a beautiful splendor island in the eastern part of the country, it is called Alor regency, East Nusa Tenggara province. Actually I was born in Timor-Leste and I was lived around 9 years before this country had their own freedom.

I finished my school from elementary school until senior high school in East Nusa Tenggara province and after that my new adventure coming. 

It was my first time apart from my parents, so it is so difficult for me even less for my parents to left me alone. I continued my study in Ahmad Dahlan University in Yogyakarta province, then graduated in November 2012 majoring in mathematics studies with a bachelor degree.

Before graduate, I was a tutor for mathematics in primary school to senior high school as my part time job.

Around 3 years struggled to be civil servants, and busy to looking for a permanent job, in 2013, I got a chance to come to Japan.

I was visited my cousin who is studying at Hiroshima University Biosphere of Science, and before I come back to Indonesia, my cousin introduced me to Professor Takuya Baba in IDEC. It was a wonderful chance for me that never forgotten.

My hobbies are playing music, listening to music, watching drama and badminton world tournament (BWF), reading comic (detective Conan) and novel especially Davinci Code.

I plan to make a research in my hometown, Alor island, where this island always has low graduation rate. I want to focus on ethnomathematics and build up students’ understanding on mathematics using the traditional game, called Jakri. I hope I can build education especially in mathematics in my country start from a rural area and also teach them to protect our culture through this game.

I hope I can adapt to a new family in the laboratory as soon as possible and can obtain a lot of lessons about education from various countries especially in the field of mathematics

 どうぞうよろしくおねがいします

Nofi
[ 堀内悠里さん]
 
はじめまして。
4月からM1として研究しております堀内悠里といいます。
今までのバックグラウンドとして、日本にて小学校教諭を5年、セネガルで青年海外協力隊として2年活動してきました。
ここに入学したのは、隊員時代に疑問に思っていたことを明らかにしたかったからです。
隊員時代、小学校で活動していましたが、子どもたちの計算の仕方に驚かされました。28+15は、ペンで28本と15本の棒を書いて、1からまた数え始めて計算していくのです。4年生の児童でもそのような様子をみて、とてもびっくりしました。
そして、もっと驚いたことは、町でお金の計算をみたときです。町を走るミニバスに乗ったとき、お金の徴収係のお兄さんは、いつも正確にお金を計算します。乗客全員分のお金を集めた後に、乗車場所と降車場所ごとに違う金額のお釣りを一人一人に渡していきます。それもほぼ正確に暗算で計算します。彼らのほとんどは、小学校教育をしっかりと受けていません。
学校で教えてもらっているやり方と、何が違うのか?
学校で学んでいるのは何なんだろう?
彼らの計算方法を学校現場で生かせないだろうか?
それらの疑問から、ここIDECの馬場先生の門徒を叩いてきました。
しかし、なかなか答えは見つかりません。研究にはほとんど手が付けられておらず、授業は毎日あり、どれも考えさせられるものばかりです。英語という壁も立ちはだかり、脳のそこらじゅうが動き、そのうち溶けてなくなってしまうのではないかと心配です。特に数学については、数式をみても何もピンときません。それを英語で言われるのですから、私の脳味噌は悲鳴をあげています。それでも研究室のみなさんはとても暖かくて勉強熱心で、わからないことは親身になって教えてくれます。そしてみなさんとてもユニーク!研究も人間的にも、先輩方を見習って頑張っていこうと思います。
こんな調子で頭はくたくたですが、毎日とても楽しいです。この歳になっても勉強できる有難さをひしひしと感じています。そして何より、毎日、留学生、日本人にかかわらず、様々なバックグラウンドをもった方とお話しできて、本当に刺激的で楽しいです!
前期の目標は、
通じる英語を喋るようにすること 
週に3回はジョギング
研究室で朝を迎えない
insha’allah
どうぞ、よろしくお願いします。