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2015年5月22日金曜日

EARCOME7に参加して



514日、フィリピンセブ島にて Difficulty in Initial Stage of Filipino Students’ Concept Formation of Geometric Figures」を発表してきました。

TSG7(トピックスタディグループ7)は、今回初めて設定されたグループです。主に幼稚園から小学校の低学年を対象とした研究です。9名中の2番目。昨年の苦い経験(発表中電気がシャットダウン)が頭をよぎりました。まあお城のようなホテルが会場だから大丈夫だろうと思っていましたら、またもやマイクがdoes not workでした。

 いつも研究発表では研究の背景からスライドを作成しますが、今回は写真のような三角形の図の提示から始めてみました。15分という短い時間で、「何をどのように伝えるか」、を前日まで粘って考えた結果です。
  さてさて、今回は他にもう一つお仕事(?)がありました。セブより南のミンダナオ島北部の町、イリガンというところで教師を対象としたセミナーで話をしてきました。中心者のブライアンさんがフェイスブックで呼びかけた結果、80名の参加者がありびっくりした次第です。おまけにラジオ局のインタビューも突然浮上し、「児童に考える時間を与えることの大切さ」を話させていただきました。
 

 

2014年11月12日水曜日

ICSME2014

ICSME 2014
International Conference in Science and Mathematics Education 2014

只今、停電中
 
 1029日、私のリサーチフィールドであるフィリピンで発表してまいりました。上の写真をご覧ください。スクリーンには何も映っておらず、私はパソコンを左手にチョークを右手に持ちながら、黒板にグラフを書いています。
 なんと、20枚のうち7枚目で突然停電になりました。つまり調査結果の発表部分が見せられなくなりました。「なんとかやってくれ」と言われたので、なんとかやったのがこの写真です。
 「人生万事塞翁が馬」とはよく言ったもので、この停電で私の緊張はほぐれ、かえって気持ちをこめた発表ができたように思います。

 一方われらが馬場先生は、プレナリーセッションの最初の登壇者として、

”A New Dimension of Problem Solving in Mathematics: Combination of Values and Mathematical Models” と題して発表されました。


2014年9月15日月曜日

震災からの復興をみる


震災から3年半,はじめて被災地を訪れました.

群馬から東北自動車道で宮城県入りし,石巻,女川,牡鹿半島をめぐり,そして福島県飯舘村,南相馬市,浪江町と南下しました.

津波の傷あとは,今でも生々しい・・.そこに住んでいた人々の生活の声が聞こえてくるようです.写真右下のタイルはかつて玄関だったのでしょう.このような光景は今もなお散在しています.

更に筆舌に尽くしがたいのが福島の原発の被災状況です.人々の活動を失った村や町は恐ろしいほどに静かで,無機質的でただただ時の流れだけを感じさせるのみでした.特に除染作業の労働者以外誰もいない飯館村の居住制限区域では,家々のカーテンは閉められ,野菜がつくられたであろうビニールハウスの中は雑草が生い茂り,牛舎は閑散,田畑には除染により集められた黒いビニール俵が並べられていました.

我々日本人は本当に大変なことをしてしまったと実感しています.
あと何年かかるのだろう・・・,あのころに戻るには.

2014年7月4日金曜日

隠れクラス会

昨日馬場研究室修了生の中和渚(旧姓澁谷)さんと渋谷で再会しました。ヴィットマンの話を伺おうかと思っていましたが、話は女性特有の結論の出ない脈絡のない、まさに「羅生門的アプローチ」?を用いた内容でした。

・なぎささんの人生の変化

・創君(息子)の自律を育むスタイル

・新井の論文提出時のドタバタ劇
 
などなど、アッと言う間の3時間でした。


2014年5月1日木曜日

“ひかり”のおにいさん

 先日自宅の電話を某ひかりから某ひかりに変えました。
そのとき作業にきてくれた、オタク風のおにいさんの話をします。
このおにいさん、昔の武田鉄矢ふうなヘヤースタイルをしているのですが、かなり頻繁に髪をかきあげながら「なるほどね」と思う話をしてくれました。

私    「この間、iPhone買ったんですよ。そうしたら説明書はないっていわれて、びっくりしちゃいました。ネットで調べろっていわれました。」
おにいさん「そうなんですよ。テレビなんか、分厚い説明書がついているでしょ。あれは既に完成された全ての機能を使うためのもんなんですよ。でもアップル社は、いろんな機能、つまりスマフォの向こうにあるいろいろな世界を自分で選んで、使っていくうちに自分のものにしていく、そういうコンセプトをもっていて・・・。自分用のものを完成させるというんでしょうかねえ・・」
私    「おにいさん! すごいね、ほんとにそうだね。この仕事長いの?」
おにいさん「いや、2年くらいです。前はレストランやってました。」

若い人にはそれほど面白い話ではないかもしれませんが、有線→黒電話ダイヤル→プッシュホン→ポケベルと経験してきた私にとって、目からウロコな話でした。

2013年8月14日水曜日

PMEに参加して Part 2


 高阪さんがすでにPMEについて詳しく報告されているので、私は簡単に発表状況に触れたいと思います。


 私の発表したセッションはLearning Geometryで発表者は3名のところ2名だったので、発表10分質疑応答10分のところを多少の余裕をもってすすめることができました。参加者は15~20名。大きな会場で「あなたの内容はファンヒーレの理論に位置づけるとどうなりますか?」「図形の認識というものは生まれつきもっているものなのか、それとも学習によるものなのか」など、いきなり難しい質問を受け、頭が真っ白状態となりました。あらかじめ予想される
質問に関しても対応を考えておくべきだったと反省しております。



 全く関係ありませんが、宿泊したホテルの近くになんと「HOROSHIMA PARK」がありました。最終日に訪れてみると、中央に噴水があり市民の憩いの場といった公園でした。残念なことに看板とモニュメント(写真)がアピール性の乏しい状態で、そこにたたずでおりました。
 


 

 



2013年5月2日木曜日

師匠と弟子

私は土曜日の朝、ゆったりとした気分でテレビ番組「サワコの朝」をみるのが好きである。先日は立川志の輔がゲストであった。

彼は立川談志の弟子であり、立川談志は彼の師匠である。このような関係はよく一つのことを極める芸の道にみられるが、いつしか芸のみならず、どう生きていくかという人生の師匠となっていく。

ゲストの志の輔は「師匠の談志がなくなったとき「ボディブローのように効いてくるよ」と言われたが、今少しずつわかってきました」と話されていた。意味はわかるが、このあとどんなことを話すのだろうと待っていると、聞き上手な阿川佐和子は次の言葉をひきだした。

「師匠だったらどうされるのか、と考えるんです」

人生の師匠でもあったことを物語る言葉である。

2013年4月15日月曜日

縁側

わたしはおばあちゃん子だった。

おばあちゃんの前でひらがなの練習をしていると、

「みつえは字がじょうずだなあ」

と何度もいってくれた。

縁側でひなたぼっこをしながら。


今、思い返すと

たわいもない会話だけれど、なぜか気持ちがあたたかくなる。

2013年3月25日月曜日

EARCOME 6 に参加して

 

初めて国際学会で発表させていただきました。かなり緊張しました。

さて今回痛感したことは、日本あやうし!シンガポール・マレーシアに抜かれる!であります。地理的利便性からハブ空港としてすでに両国にぬかされている日本ですが、教育の分野でもしかり。PISAの結果などから、自国のカリキュラム、指導法、教師教育などに自信をもち、その発信力たるや恐るべしです。日本のお家芸である授業研究やオープンエンドアプローチ、問題解決など、非常にうまくまとめています。日本の緻密に計算された教科書や職人芸的な教師の授業技術、長年積み重ねられている現場での授業研究の深さなど、雲泥の差があると感じましたが、日本もがんばらにゃあと感じた次第です。

 
日本人が好きな花は「スズラン」や「こまくさ」という下の方にさいている小さな花だそうです。これはかなりめずらしいそうです。日本の教育もこんな国民性を反映したものではないかと感じた学会でした。

2013年1月7日月曜日

馬場研704報告

きのうのことです。Sさんが「全国数学教育学会誌」を片手に、くだらない問題をだしておりました。

 「数学教育における認識論研究の展開と・・・・・」は誰の論文か?

 「後期中等教育における・・・・」は?

 

Wさんと私は面白半分にこの問題に答えておりました。がしかし・・・・・・・・・・・。

Wさんの知識量たるや半端なく、多分20問中19問、Wさんが答えていました。極め付けは、論文のタイトルではなく文の一部分のみで誰の文章なのかあててしまったのです。

皆さんにはわかりますか? 以下の文章が誰のものか(みなさん知っている方です)。
 
「ご講演を直接拝聴する機会に恵まれました」  

2012年11月26日月曜日

ザンビア国別研修に参加して

 ザンビアから6名の研修生が日本の数学教育を学びに来ています。私が主に携わるのは指導案作りです。今回の研修のメインテーマは「教材研究」なので、題材観や指導観などを深めることになります。

 
 
 上の写真は2年生の分数の導入の指導案を考える際、研修生が日本の教科書を参考にしている姿です。

 今日1時間ほど彼らの様子を観させていただきました。教科書は、リンゴを切る→いろいろな紙をおる→テープをおる、という流れになっています。多くの研修生がテープを折ることから授業を構成しました。「どうしてか」と質問してみると「テープは具体物であるから」「リンゴを切るのはあぶないから」という答えでした。日常の生活経験とつなげることが大切ということはわかっていても、実際に授業を考える場面になると生活経験には目が向かないことがわかりました。

これから一週間かけて、附属小での研究授業「6年 資料の整理―平均」にむけて指導案を完成させます。日本での研修が少しでもザンビアの数学教育に役立てられるよう応援したいと思います。

2012年10月15日月曜日

教材研究

 11月にザンビアから6名の研修生が来られ、3週間にわたり「教材研究」「授業案作成」「附属小学校での授業実践」に取り組まれるそうです。そこにお手伝い的にかかわることになった私は、初めて教材研究にとりくんだ教育実習のときのことを思い出しました。

 研究授業は社会科「野菜作りの農家の工夫」でした。一週間ほど農家に通い、インタビューをもとに農家の工夫を見つけ出すことからはじめました。収穫時期をわけるために種まきを一週間ずつずらすことや、年間仕事量を平均化すること、土地利用の工夫など私自身が感動したことを覚えています。(笑い話ですが・・「嫁にきてくれ」とまで言われるほどのつきあいとなりました。)

 さあ、次は集めた農家の工夫(素材)をどう料理して授業にのせるか考えます。背丈の異なるトウモロコシ畑の写真を提示して「どうしてこうなっているんだろう」と問いかけ、野菜農家の苦労や工夫を考える授業を行いました。


通常、教材研究は単元の目標や他の単元とのつながり、前後の学習内容や習得状況など、学習指導要領や教科書、指導書などを参考に研究します。

 そこに教師は「熱い思い」を吹き込みます。上記の場合は「素材」の発掘でした。それは教科書には載っていない「教材開発」だったり、新しい「授業方法」だったりと様々ですが、共通して言えることは「こどもたちにどのような力をつけていくか」を総合的に考えていくことが一歩深い教材研究ではないでしょうか。

2012年9月3日月曜日

究極のFreedom

かつて私が大学生だったとき、「時間・金・体力の3つが揃うときはない」といわれました。本当にそうだなあとずっと長い間思ってきましたが、ついにやってきました!3つ揃うときが!
 仕事は休業し収入はありませんが蓄えが少し。時間がたっぷり。体力はかなり落ち老眼も始まりつつありますが、まだ自分で何かするぐらいの体力はあります。
 こんな時は二度とないとの思いで、全国数学教育学会、ICME、日本科学教育学会と参加してきました。1980年代の研究が今の研究とどうつながっているのか、日本の教育の特色は何なのか、数学教育の担う教育的役割は?などなど、現場の真ん中にいたのでは見えないことを考えるようになりました。これぞ思考のFreedomでしょうか。(まあありきたりな言葉で表現すれば、少し距離をおいてみる、いろんな角度からみる、客観視できる、ということですが)
 こんなFreedomの中で最近は「発信力」という点について考えさせられています。日本数学教育学会誌(算数教育614)の中で筑波大学の磯田先生がちょこっと書かれていた文が印象的でしたので、紹介します。

「日本の教師、授業や教科書は絶賛されてきた。その比較相対として学術論文参考文献上で日本のプレゼンスは、日本の先生方の授業に対する外国人からの称賛ほど高くない。70年代末に日本に学んだシンガポールが世界的な教科書の輸出国になり、80年代にオープンエンドアプローチに学んだ中国がその指導法を提案する状況にある。」(p36

2012年7月23日月曜日

アラン チューリング

 「・・ギリシャ語や英語では落第点をとる・・髪はぼさぼさで爪は伸び放題、ワイシャツはいつもズボンの外にはみ出ていた」

 これは第二次世界大戦のとき、ドイツ軍のエニグマ暗号の解読をしたイギリスの数学者、アラン チューリングの15歳のときの様子である。
 ドイツがエニグマを導入する前はイギリスの暗号解読者は古典語学者や外国語に詳しい者、神父だったという。しかしそれでは歯が立たなくなり、数学者、クロスワード、チェスのチャンピオンが招集されるようになった。そこで彼はずば抜けた才能を発揮しエニグマ暗号の解読に成功、国家を救ったそうである。
 「天才の栄光と挫折」藤原正彦著では以下のように書かれている。

数学者たちが驚くほどの力を発揮したのは機械暗号の解読に純粋数学の一分野である置換群論がうまく利用されたばかりではない。何より役立ったのは数学的思考そのものだった。多様で混沌とした現象の中から論理的構造を見出し理解しようと、集中して考え続ける習性が誰も予想しなかったほど役立ったのである。

 なるほど!そのとおり!
ちょっと感動した瞬間だった。