ザンビアから帰り早半年が経ちました。
ザンビアにいるときには想像がつきませんでしたが、
自分がザンビアプログラム派遣を終えて、次の学生達が同じプログラムで派遣されます。
我々が派遣された時は、ザンビアプログラムOBの先輩方が英語の授業・ザンビア事情・ボランティア事情についてかなり時間を割いてレクチャーをしてくれました。
我々も、ザンビアプログラムの益々の発展を願って、恩返しをするということで、佐々木・池谷・澁谷も来年1月派遣のM1の学生に毎週2回、勉強会を行っています。
自分が勉強会を行う側になってみると、準備に時間がかかったり、話す内容が果たして彼らのニーズに合っているのかと色々と考えることがあります。
出発前は、ザンビアプログラム参加メンバーは、研究内容を詰めたり多くの講義を取ったりと多忙な日が続きますが、現在勉強会のメンバーである4人(うち島本さんと木村さんは馬場研です)は、いつも積極的に取り組んでくれるので、こちらも気持ちよく勉強会の準備を行うことができます。
来週からいよいよ、英語での授業練習が始まります。
皆さんの授業を見て私もいろいろと学びたいと考えています。
ザンビアにいる未来の生徒たちの事を想って切磋琢磨されることを願ってやみません。
澁谷 渚
2008年5月28日水曜日
ザンビアプログラム勉強会
ラベル: ZAMBIAについて, 澁谷 渚
2008年5月12日月曜日
心機一転
①我が馬場研のマスコット的存在
②「小さい巨人」(馬場先生談)
・・・等と、色々と言われているチャーミングな佐々木さんです。
髪を切り、ザンビア人から日本人に生まれ変わりました。
ザンビアでは私が彼女のボサボサ髪を野外で切ってあげていました。
今日の彼女を見て頭に浮かんだのは、
「ザンビア人のおばちゃんの付けるカツラ」
こんな佐々木さんですが、教採・研究ともに毎日励んでおります。
応援メールをよろしくお願い致します。
ベストフレンドの澁谷
ラベル: Generalなお話, 澁谷 渚
2008年5月9日金曜日
九州から両親来たる
(ちなみにザンビアではKGをキログラムではなくケージーと発音します)
実家がある九州に帰る前に、両親が広島までやって来ました。 ついでに研究室に寄ってきました。
二人とも、広大の広さにかなり驚いていました。IDECの研究室の中に、一人一人の机やパソコンが会社のように並べてあることに対して「へー」とか「ほー」とか言いながら眺める彼らは、家で見るよりも小さく見えました。
帰りの車中では、研究室の皆さんはとてもフレンドリーで、そんな環境で勉学ができることに感謝するように言われました。
ジーンとした束の間、 車中で2人は大ゲンカを始めました。しかも大声で。
原因は、本当につまらない、こと・・・
私は、もうすぐ20代を終えますが、結婚をしたくなくなりました・・・好きで結婚したのに、20年後は罵声を飛ばし合う仲に・・・(汗)
ずっと、将来は一人でいることにしようかしら。恋人はアフリカ大陸!なんちゃって。
澁谷
ラベル: Generalなお話, 澁谷 渚
2008年4月28日月曜日
日本に帰ってみて…
私事ですが、2年間のザンビア生活を終え日本に帰って来て、ようやく1ヶ月がすぎようとしています。帰国後研修の後、数日で実家より広島に引っ越し、その翌週にはゼミ発表もしました。
今はだいぶ日本の生活にも慣れつつありますが、東京に降り立って数日は、ぼーっとする日々が続きました。急な環境の変化に追いつけず、夢の中にいる様な心境でした。
これは、他の協力隊関係の方にもある現象のようです。
降り立った東京では、人の表情はなく、動きは恐ろしい程速かったのが印象的でした。広島、島根(実家)と帰るにつれて、少しずつ田舎になっていくせいか、安心感も出てきました。しかし、聞きなれた言葉や風景になぜか安心感と同時に違和感も感じました。
島根では県庁訪問をしたのですが、その際
『島根は県人口に対する協力隊派遣数の割合が日本一だ』
ということを知りました。元々、県の人口がかなり少ないのですが、必ず毎回何人か派遣されているのだそうです。これからも、より多くの島根県の人が協力隊に行ってくれればと願います。また、派遣後には地元の子供達にその話をしていってほしいです。私自身も中学時代に協力隊を知ったのがきっかけで、協力隊への興味を持ち始めました。
なので、地元の子供達に海外の同年代の子供達について知ったり、考えたりするきっかけを持ってもらいたいのです。
佐々木 愛
ラベル: 修了生
2008年4月26日土曜日
少し先を・・・
今日は久し振りに休日に学校に出てきました。
新学期ということで4月は少しバタバタした雰囲気の研究室でしたが、ようやく落ち着いてきました。
今期から博士課程後期1年となった私は、馬場先生の授業でTAをさせて頂いています。
ザンビアに行く前に履修していた数学教育開発論に参加しています。
先生の、学生を中心としながらの講義には、毎回、勉強になる話ばかりです。
話の切り口、話の展開、質問の仕方、授業の流れ…全てが勉強になります。
さて、人前で話すことも必然的に多くなってきた今日この頃、先生のように聴衆を飽きさせず、
かつ彼らを巻き込むような話を自分ができているのか、ということに常に疑問を感じています。
全然できてない・・・
たまに落ち込むときもありますが、そんな時は、恩師からいただいた言葉を思い出します。
「しんどいとき、行き詰まったときは、今の自分の少し先を歩く別の自分を想像する」
この言葉で、一歩一歩自分にできることをやって、その時々でベストな自分を出せれば、きっと30年後か40年後には馬場先生のような教育者になれるのではないか・・・
と、信じて来週も頑張ります。
澁谷 なぎさ
2008年4月23日水曜日
2年目4月
入学して早1年が経過してしまいました。
Time flies like an arrow.
って、いつ誰がどこで言い出したのでしょうね。
中国かな?
インターネットで調べてみると、
語源は中国みたいですが、定かではありません。
弓矢自体は世界各地で狩猟時代から使われていた訳ですから、
きっと人間が暦を使うようになって以降のことですよね。
矢が色んな他の武器に代わって行くうちに、
Time flies like a bullet.
になって来てもいいような気がしますし、
Time flies like a ray.
なんていうのも捨て難い気がします。
ですが、古代から存在するan arrow だからこそ、
過去から未来まで時間が突き抜けて行くイメージがあるのかも知れませんね。
…なんか、とてもつまらない話で恐縮です。
松永 彩
ラベル: 修了生
2008年4月16日水曜日
(続)ある教官のことば(協力隊と本質的意義)
こんにちは。
前回は中途半端で申し訳ありませんでした。
さて、前回書かせていただいた英文の正体は、私が6年程前に青年海外協力隊に参加した時の派遣前国内訓練の修了式で、或るガーナ人教官M氏が訓練を終えた隊員へ向けた祝辞(原文)です。
「Actions speak louder than words」
を読み、これを思い出したのでここで紹介させていただきました。内田さんは、今では研究の大先輩ですが、青年海外協力隊の同期隊員で、この派遣前国内訓練では3ヶ月間同じ英語のクラスに所属していました(因みにIDEC修了生のT氏も同じクラスでしたが)。訓練中当時は(今も?)大分出来が悪く、まだ若く落ち着きの無かった我々は、このM教官に日々しぼられていました。まだ若かった僕らはこのM教官の厳し過ぎる指導にかなり嫌気をさしていましたが、修了式でのこのスピーチには目を覚まされた思いでした。
このスピーチには国際協力活動に対する超基本的心構えが詰め込まれていると思います。また、いわゆる発展途上国出身の教官の言葉だからこそ強い説得力を感じるのです。
協力隊、任国のために大したことはできませんでしたが、今考えると色々な事を考え、学んだ2年間でした。
今回久々にこれを読み返し、今の自分の国際協力観を見つめなおしたいと思います。

