2009年7月28日火曜日

ザンビアリコーダープロジェクト

なにか日本からできることはないかな?」

「じゃあリコーダーでも送ってもらえませんか?」

赴任して一ヶ月後、深く考えることなしに大学の先輩とはじめたこのザンビアリコーダープロジェクト。ただ寄付じゃなくて、こちらからもアフリカの楽器や生徒が演奏したCDを送る、音楽を通した国際協力です。市民ベースでやってる国際協力はめずらしいということで、先日新聞にも載り、その効果でまた楽器が集まってきているようです。

先日、一ヶ月の旅の後、無事第一弾のリコーダー(ソプラノ39本アルト15本)が日本から届きました。

昨日は音楽の先生とその生徒を集めて開封式を行いました。同僚の音楽の先生は2つのクラス(8学年、9学年(中1、中2))を担当しており、一つの教室にそれらの生徒が集められました。ちょうど12時ごろ、彼らにとっては最後の授業(学校は7時30分開始、13時10分終了)で、だら~っとした空気が漂っていたのですが、同僚が箱の中身を説明したとたん雰囲気が変わりました。
何人かの生徒はリコーダーが楽器と気付いたのですが、何人かの生徒の頭の上にはハテナマークがついています。きっとリコーダーなんて見たことも聞いたこともなかったのでしょう。
同僚と一緒に箱を開けると、拍手喝采!とりあえず写真を撮ろうと言ったのですが、生徒は「吹いてみたい!」と言って聞かず、困ったものでした。
同僚の手を借りて生徒をグランドに連れて行って写真を撮ろうとしたのですが、今度はほかのクラスの生徒たちが「なんだ?なんだ?」とグランドに出てくる始末。どうやって演奏するのかも、どこから息を吹き込むのかも知らないような子達が、生でたくさんのピカピカのリコーダーを手にとる事が出来たのは夢のようだったに違いありません。
自分が小さいときにおもちゃを親に買ってもらった時のように手触り、においなどすべてが彼らにとって新しく、クラスじゅうが幸せな気分に満たされていたように感じました。

私が思っていた一番の心配事は生徒が壊さないようにきちんと扱えるかということでした。
しかし同僚はサックスを大学で専攻していた人なので、だいたいの使い方や管理は心得ており、一番初めにどうやってリコーダーを管理していくかをみんなで話し合っていました。
彼らの姿をみてきっと届いたリコーダーはちゃんと使われるだろうなと思い、ほっとしました。

結局、同僚の担当する80分の音楽の時間は箱の開封、プロジェクトの説明と写真を撮る事で終わってしまいました。ただ、生徒たちにとって日本からリコーダーを送ってくれた人たちの気持ちを考えさせるいい機会になったのではないかと思います。
授業後に6人の生徒を集めて練習をしてみました。
「ド」と「レ」を教えたのですが、音が出ることに生徒は興奮して、「せんせー、こんな感じ?」と言って僕の説明はそっちのけで、みんな夢中になって練習しています。きっと30人とか大人数でやると大変なことになるんだろうな・・・・と思ったのですが、生徒たちが真剣に練習する姿を見ると、「きっとリコーダーも喜んでるんだろうな。」なんて思いました。
彼らと一緒に練習していると、音に対する感動がよく伝わってくるので、自分も小さいときに感じた音楽に対する感覚が思い出されます。たった2つの音だったけど、いろいろなことを考えさせられました。

これから8月6日のコンサートに向けて猛特訓が始まります。


木村 光宏

2009年7月27日月曜日

ジョージ=オーウェル「1984」を読んで

 言語を学ぶことは、通常何かができることに注目が行きがちである。特に、赤ちゃんが言葉を覚え始めて片言ながら言語を操り始める時は感動的である。 ところがあることができることの背景には、できない(しない)ことが並行していることを忘れてしまいがちである。サピア=ウォーフ言語相対仮説は、できることが文化によって相対的であることを示したが、それはできることはできないことと対になっていることをも意味する。

 「1984年」は最近出たベストセラーの元本?である。最近で他方はまだ読んでおらず、それとの対比はできないが、博士論文以来のテーマ批判的数学教育の中に出てくるので、ずっと気になっていた1つである。今回、この後継本の人気にあやかり、手に取った次第である。

 「言語を統制する(新しく作る)ことで、ある特定の見方をする(体制に迎合する)人間を育てる」ということが背景にある本で、オーウェル自身の経験がその中に色濃く投影されている。オーウェルは「戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である」と繰り返し言わせ、思想警察が新しい言語を管理する中で表現しようとしている。それに対して、批判的数学教育では、その目標を、数学を学ぶことである特定できることを習得させることのみならず、それによって失われる別のできること(別のできる可能性)に思いを至らせ、できることの偏りを考えさせることに特徴がある。例えば、平均値を学ぶことで集団における個々のデータを捨象して代表値を扱うことを学ぶわけであるが、このことは「統計で嘘をついたり、逆に統計にだまされたりする」ことと並行しているので、その危険性についても十分に検討する必要がある。また数学を用いたGNPや失業率など社会的な構成物が、どのような偏りを持っているのかを考察する力を身につけさせることを目論んでいる。

 私たちが研究する開発途上国の世界で、このことがどのような意味を持っているのだろうか。まずは全体的に本来できるべきことが確実にできていないことが全体としてあるので、このことは、各人の認知的発達を十分に確保すべき本来の(政府の)役割が十分に発揮されていないこと、その様に認知的発達を推し進めないという形で、自らの地位を安泰にするという問題があるかもしれない。次に、認知的それを画一の授業の型に押しはめて、特定のものの見方を発達させて、それ以外の見方を排除することを意味しているかもしれない。いずれにせよ、単純に点数が上がることのみを教育の成果とするには問題がありそうである。

 この点について、もう少し深めていく必要がありそうである。

馬場 

2009年7月26日日曜日

ギリシャからの便り ~澁谷が行く~

こんにちは、澁谷です。
今、PMEという国際学会に参加をしています。

昨日、無事に発表を終えました!
始まる前にかなり個人練習をしましたが寸前までパワーポイントを修正したりと、
いつも以上に緊張感を持ってむかえました。
修士時代の研究の一部分を10分間で説明という短い時間でしたが、
思いのほか質問をいくつか頂き、また発表後も
「ザンビアの研究、なんでやってるの? 」といったことを訊かれました。

数学教育の学会といっても色々なトピックがありました。
教師教育、社会・文化と関連性のある研究、哲学的研究など・・・勉強になりすぎるほどでした。
おなかいっぱい、あたまいっぱいです!
これらを少しずつ消化していくことができれば・・・!!
残念だったのは、途上国に関する数学教育の発表がとても少なかったことです。
今からの分野だな、と実感しました。
それについて取り組める我々研究室の面々は幸せだと思います。
次は、馬場先生や、院生の皆さんと、次回開催地のブラジルに行くことを願います。

澁谷 渚
(写真はパーティーの時のみなが狂ったように踊っている様子です)

2009年7月25日土曜日

Mark Mishiwo!!

Mark Mishiwo is my name.
I am a Ghanaian by birth.
I am a teacher trainer responsible for mathematics education.
I have been given the opportunity to pursue a master’s programme
in Education Development in order to contribute to the improvement
of the quality of primary and secondary education in Sub- Saharan Africa.

In Japan, I have the opportunity to see interesting places.
The most unforgettable moment in my life in Japan is the solar eclipse
which occurred on Wednesday, July 22, 2009 which I experienced myself.

I am very happy to be among Japanese, Bangladeshis, Malawians and Nigerians.
Besides, I’m most grateful to Baba sensei.
M1 Mark

2009年7月21日火曜日

松山の生まれた日


一日遅れでしたが研究室で松山さんの誕生日をお祝いしました!
良い一年になることを祈念しています!
保険が安くなるそうです、おめでとうございます!

2009年7月20日月曜日

食べ物の話

お久しぶりです!!
日々忙しくしながらも、
夢や希望を温めて、なりたい自分を常にイメージし、
食べたいものも、ちゃんとイメージしています。
食べること、それを「幸せ」と呼ぶ人々がいる。(高阪、松山、2008)

広島に来て、10ヶ月が経ちます。
始めの頃は、所謂「広島風お好み焼き」が、
なんとも変なモンだと思っていた・・・、焼きソバ・サンド?くらいの感覚だったが、
今となっては、これ無しで広島の食は語れないだろう。
とにかく美味い!食べれば食べるほど、この味が分かってくる。

「おや?こんな経験は前にも??」と思いを巡らすと、
そうだ!ルワンダだ!!
ルワンダでも、毎日々々同じ給食(昼飯:豆ご飯)だったけど、
段々と美味いと思うようになり、
次第に現地人教員たちと奪い合い、
給食無しでは生きられないまでに発展していた!!
5分遅れると量が半分になり、10分遅れると食えなくなることも・・・。

それと比較して、まぁ食の質は大きく違えど、人は慣れるもんですね。

そうそう、広島には他にもおいしいものが一杯!
広島は素晴らしい!!
アナゴ丼も美味いし、牡蠣はデカうまだし、
日本酒もbeyond my description。
あ~なんか書いてたら、お腹すいてきた~!!
明日は何を食べようかな~。
高阪~早く帰ってきて、飯食いに行こ~ぜ~(笑)

と、非常にくだらないブログになってしまいました(^^;
夏で食欲が・・・ではな~っくッ!!
暑くて疲れるんで体は食料を欲しています!!
一杯食べて、健康でいきましょ~!!!
では!!



M1 松山

2009年7月11日土曜日

ザンビア赴任

ザンビアに赴任して約3週間が経過しました。
想像していたザンビアと共通する部分もあれば、
相違していた部分も多く、毎日が刺激的です。
さて、先日現地訓練の一環として、すでに理数科教師として活動されている、
先輩隊員の配属先の高校で、数学の授業を行ってきました。
これまでザンプロでは、基礎学校のみに隊員が配属されており、
基礎学校の生徒に関する情報から、ザンビアの生徒を想像していました。
しかし、実際高校で授業で行ってみると、
想像以上に生徒の理解が良く、基礎学校と高校の差を感じました。
ザンプロ初の高校隊員として、新天地を切り開いていきたいと思います。

M1 高阪将人

2009年7月4日土曜日

数学ってなんだろうね~。

ひさしぶりの研究室日記です。ご無沙汰しています。
入学してから早10ヶ月目に入りました。
今期は始まってから何をしただとう?と考えると、
なんだか意味もわからず?いろいろ悩んでいたというのが実感だとおもいます。
数学って何?数学教育って?って感じに
すごくアバウトな答えの見つからないことに対して漠然と悶々としてました。
結局、ほとんど前に進んでいない。
最大のテーマ、数学ってなんだろうね~。

!Que sera sera!(なんとかなるさ!)

来月にアフリカのザンビアに行こうと思います。
どんな出会いとハプニングが起こるでしょうか。
言葉が不自由になる環境に行くのがとても楽しみ。
なぜか。
それは、数字や数式、科学的なことによるコミュニケーションの威力を感じれるから。
当り前なことが当たり前じゃなくなるときに、自分って何?なんて考えてしまうから。
ザンビアにいたよ!って実感できる時間を過ごしてこようと思います。
ではでは。
Nos vemos pronto, See you later,
またね~。

M1 渡邊耕二

2009年7月1日水曜日